3. 肺

1. 肺の解剖

肺はスポンジ状の臓器で左右一対存在します。臓側胸膜という滑らかな薄い膜で包まれています。臓側胸膜と連続する葉間胸膜によって右肺は上中下葉の3つ、左は上下葉の2つに分けられています(下図:肺葉)。肺の主な機能は血液から酸素を取り込み二酸化炭素を排出するガス交換です。空気の通る気管支は2分岐構造からなっています。気管は左右の主気管支に分岐します。この部分を気管分岐部と呼びます。主気管支は葉気管支を分岐して各葉に分かれ、さらに区域気管支、亜区域気管支と分岐していきます。日本気管支分岐命名委員会によって区域気管支にはB1からB10までの番号が振られています(下図:気管支分岐図)。亜区域気管支は末尾にa, b, cがつきます。ただし、左肺ではB1とBがつながっており、(B1+2と表記します )、B7は存在しません。また、存在しないことがある両葉の上枝下-下葉区域気管支には番号が振られていません(B)。
1本の区域気管支が支配する肺の領域を区域と呼び、それぞれS1からS10と呼ばれます。
酸素が少なく、二酸化炭素の多い血液が肺動脈から入り、毛細血管となってガス交換を行い、肺静脈から出て行きます。肺動脈は気管支に沿って分布します。肺静脈は区域と区域の間を走行しますが(区域間静脈)、部位によっては区域の中心を通る中心静脈も存在します。
肺は胸壁と横隔膜で作られる空間内(胸腔)内に入っています。肺と接する胸腔内面も臓側胸膜と同様の膜で覆われており、これを壁側胸膜といいます。胸壁には壁側胸膜、筋膜、肋骨、軟部組織が含まれます。左右の壁側胸膜の間にある空間を縦隔と呼び、気管の他に心臓とそれを包む心嚢が存在します。下葉は縦隔との間を肺靭帯で固定されています。
肺動脈と2本の肺静脈(上肺静脈と下肺静脈)、気管支は肺の内側から入っており、この部分を肺門と呼びます。臓側胸膜は肺門部で翻転し、壁側胸膜に続きます。横隔膜を動かす横隔膜神経は肺門のすぐ前方を通ります。また、左側声帯を動かす左反回神経は左肺動脈の上を通ります。
リンパ管は気管支壁や胸膜に沿って存在します。気管支周囲にある肺内のリンパ節や肺門部のリンパ節を経て、縦隔リンパ節に流入します。

2. 肺癌の肉眼分類 (肺癌取扱い規約第7版より)

肺癌のT分類の特徴として腫瘍径と浸潤の範囲以外に、無気肺や閉塞性肺炎、副腫瘍結節の有無が含まれることが挙げられます。

TX: 原発腫瘍の存在が判定できない、あるいは、喀痰または気管支洗浄液細胞診でのみ陽性で画像診断や気管支鏡では観察できない
T0: 原発腫瘍を認めない
Tis: 上皮内癌(carcinoma in situ)
T1: 腫瘍の最大径≦3cm
T1a:  腫瘍の最大径≦2cm
T1b:  腫瘍の最大径>2cmでかつ≦3cm
T2: 腫瘍の最大径≦7cm、気管分岐部≧2cm、臓側胸膜浸潤、部分的無気肺
T2a: 腫瘍の最大径 >3cmでかつ ≦5cm
または腫瘍最大径≦3cmでも以下のいずれかであるもの
・主気管支に及ぶが気管分岐部より≧2cm離れている
・臓側胸膜に浸潤(PL1, PL2, 葉間の場合はPL3)
・肺門まで連続する無気肺か閉塞性肺炎があるが一側肺全体には及んでいない
T2b: 腫瘍の最大径>5cm でかつ≦7cm
T3:
・最大径>7cmの腫瘍
・胸壁(superior sulcus tumorを含む)、横隔膜、横隔神経、縦隔胸膜、心嚢のいずれかに直接浸潤
・分岐部より2cm未満の主気管支に及ぶが分岐部には及ばない
・一側肺に及ぶ無気肺や閉塞性肺炎
・同一葉内の不連続な副腫瘍結節
T4:
・大きさを問わず縦隔、心臓、大血管、気管、反回神経、食道、椎体、気管分岐部への浸潤
・同側の異なった肺葉内の副腫瘍結節

T4における大血管には主肺動脈、大動脈、上大静脈、下大静脈などが含まれます(肺癌取扱い規約第7版)。

胸膜浸潤
PL0: 癌組織が肉眼的に臓側胸膜表面に達していない。
PL1: 癌組織が肉眼的に臓側胸膜表面に達している。
PL2: 癌組織が肉眼的に臓側胸膜表面に明らかに露出している。
PL3: 癌組織が肉眼的に壁側胸膜を越え、連続的に胸壁、横隔膜、縦隔臓器あるいは分葉のあるなしにかかわらず葉間を越えて隣接肺葉に及んでいる。

 

3.肺癌の検体

未固定の場合は気管支を含む断端を切り取ってから、気管支より固定液を注入し十分拡張させて固定しましょう。切り出しの際に割を入れると、固定液が流れ出しますが、高分子吸収体を敷くと周囲が汚れません。
肺癌で最も頻度が高いのは転移性ですが、検体として提出されることはそれほど多くありません。
原発性肺癌は大きく小細胞癌と非小細胞癌(扁平上皮癌、腺癌、大細胞癌)に分けられます。手術は対側の所属リンパ節に転移がない場合に限られます。進行の早い小細胞癌で手術が行われることは少なく、また、通常提出される検体はT2a以下です。手術検体の大部分は非小細胞癌です。標準術式は肺葉切除と縦隔リンパ節郭清です。

1) 肺全摘術
腫瘍が葉気管支分岐部近くに発生あるいは広がっていたり、葉間胸膜をまたいでいる場合に行われます。主気管支断端が1本存在します。右肺で静脈断端は3本、動脈断端が2本です。左肺は静脈断端は7本、動脈断端が1本です。

2)  肺葉切除術
標準術式です。1本の気管支断端と複数の動静脈断端が存在します。

3)  区域切除術
2cm以下の非浸潤癌(細気管支肺胞上皮癌)で行われることがあります。1本の気管支断端と複数の動静脈断端の他に、胸膜で覆われていない部分が肺組織の断端となりますので注意してください。

4)  部分切除術
転移性肺癌では周囲組織も含め楔状に切除されます。胸膜で覆われていない部分が断端です。固定には胸膜に注射針を刺しホルマリンを注入します。良性腫瘍(軟骨性過誤腫)は腫瘍のみを摘出する核出術を行います。

 

4. 肺癌の切り出し

1) 名前とIDの確認

2) オリエンテーション
肺全摘術では平坦な側が下方です。主気管支が後方に位置しています。また、壁のやや厚い肺動脈1本が上に位置し、その下に肺静脈が2本認められます。葉切除では上下方向のオリエンテーションをつけるのが時に困難なことがあります。肺靭帯を切離した後のステープラー針があれば下葉で、その部分が下内側となります。区域切除術、部分切除術でオリエンテーションをつけることは困難です。

3) 計測と肉眼所見の記載
(1) 臓側胸膜表面をよく観察し、播種結節を思わせる白色の小隆起を探します。播種結節が存在すると転移あり(M1)となります。また、米対がん合同委員会(AJCC)のTNM分類第7版と異なり、肺癌取扱い規約(第7版)においては肉眼的断端陽性(R2)としても扱われます。癌性リンパ管症が胸膜表面で白色網状に見えることがあり、その場合は原発巣と連続しているか確認してください。連続していて同じ葉内ならT3、異なる葉ならT4となります。腫瘍部の直上で胸膜がへこんでいる場合(ひきつれ)は胸膜に浸潤している可能性があります。
(2) 腫瘍の大きさは原則的に浸潤部を測定します。腺癌は非浸潤部との区別がつきにくいので肉眼的に病変部と考えられる範囲を測定します。間質性肺炎や閉塞性肺炎を伴うと範囲がわかりにくくなります。
(3) 肺全摘術で主気管支に浸潤している場合、断端からの距離を測定します。
(4) 肺門部の脂肪織に浸潤している場合は外科医へ問い合わせ、縦隔脂肪ではないことを確認する必要があります。
(5) 胸壁が切除されている場合は、浸潤が壁側胸膜、筋膜、肋骨あるいは胸壁軟部組織のいずれに達しているか確認します。
(6) 主腫瘍以外の肺を観察します。最初に無気肺あるいは閉塞性肺炎の有無を調べます。いずれも肺の細かい模様が不明瞭となり、割面を押しても気泡が出ません。閉塞性肺炎では白色調や黄色調を呈することがあります。肺門まで達しているとT2となります。これらは腫瘍によって気管支が圧排されることで起こります。次に、副腫瘍結節が存在していないか調べます。炎症などが存在すると画像的に副腫瘍結節が見逃されることもあります。もし存在すれば同一葉内かどうか記載します。

4) マーキング
胸膜に引きつれがある場合は表面に露出している可能性があります。胸膜面は断端ではありませんが、露出していればT2となります(ただし、播種結節は断端陽性として扱われます)。切片でブロックの面が出ていることを確認するため、インクを胸膜面に塗ることがあります。
下葉では肺靭帯も切除断端となりますので、腫瘍が近傍にあればステープラー針を切除した後にインクを塗ります。

5) サンプリング
(1) 気管支断端は内腔に癌組織が付着しているだけでも顕微鏡的断端陽性(R1)と判定する文献があります。コンタミネーションを避けるため最初に気管支断端と血管断端を含む面を切り取って提出します。ある報告では顕微鏡的断端陽性(上皮内癌を除く)が最も多いのは気管支周囲で、次に気管支、胸壁、大血管と心房、リンパ節の順で、縦隔と心嚢、肺組織が続きます。
(2) 気管支の近傍にリンパ節(炭粉が沈着して黒色になっていることがあります)がないか探します。断端周辺のリンパ節は通常外科医によって別に提出されていますが、残存している場合があります。必ず提出しましょう。腫瘍からリンパ節へ直接浸潤していてもリンパ節転移として分類されます。なお、肺門部に見られるリンパ節の内、気管支の下にあるものは気管分岐部から右葉で中間幹下縁まで、左葉は下葉気管支上縁までを気管分岐下リンパ節(#7)と呼び、肺門リンパ節ではなく縦隔リンパ節に含めます。
(3) 肺は水平断あるいは前額断にします。肺全摘術で腫瘍が肺門部にある場合、主気管支断端から2本のゾンデを最初の分岐に挿入し、刃を45度に傾けてゾンデに沿った割(前額断)を入れることで、主気管支への浸潤の有無と断端からの距離がわかります。スライスは1cmごとに平行に行い、割面の写真をとると垂直軸での腫瘍径の推定が容易となります。割面で胸膜、気管支、血管への浸潤を調べ、あれば作製します。
基本的に浸潤癌は直径と同じ数だけブロックを作製します。全体的にスポンジ状の構造が保たれる淡い白色調の場合は非浸潤癌(細気管支肺胞上皮癌)や異型腺腫様過形成、肺胞上皮過形成などの可能性があります。これらの病変は浸潤癌の可能性を除外するため全体をブロックにする必要があります。癌であっても浸潤がなければリンパ節に転移することは原則的にないと考えられています。
(4) 主病変以外に病変がないかよく観察し、あれば切り出します。
(5) 胸壁と合併切除されてきた場合は、肋骨と軟部で分けて考えます。肋骨は近位および遠位端の2カ所、軟部は表層、上下内外の5カ所の断端が存在します。
(6) 別ビンにリンパ節が提出されていた場合は個数を数えてください。リンパ節への転移の程度を分類するには最低6個以上必要で、そのうち3つが#7リンパ節を含む縦隔で、残りは1群リンパ節(肺内、肺門)から採取されている必要があります。肉眼的に転移巣が露出していた場合は肉眼的断端陽性(R2)になりますが、人工的に破れたものと区別できないことがあります。同側の縦隔リンパ節は第2群リンパ節(#7など番号が一桁のもの)と呼ばれ、転移があると予後は悪くなります。局所リンパ節は胸腔内(肺内、肺門、縦隔)の他に下頚部、鎖骨上窩、胸骨切痕リンパ節が含まれます。局所リンパ節以外のリンパ節への転移は遠隔転移(M1)となります。
(7) 部分切除検体はステープラー針のある部分を切り落とし、切除断端に垂直に切ります。

術後補助療法は小細胞癌か非小細胞癌で大きく分かれます。非小細胞癌でT2以上の場合やリンパ節転移がある場合にシスプラチンを含む化学療法が検討されます。T1で転移がない場合はテガフールウラシルによる化学療法が行われることがあります。小細胞癌では切り出しの結果に関わらず、化学療法が行われます。
断端陽性の場合、追加切除や化学療法、放射線療法が検討されることがあります。気管支断端に上皮内癌が認められても、扁平上皮癌であれば予後に影響しないと考えられていますが、他の組織型では予後への影響は不明です。

 

5. 肉眼像と切り出しの実際
細気管支肺胞上皮癌(左下葉)

腺癌(左下葉)

扁平上皮癌(右上葉)